「ライン!」
伊月は駆け寄り、肩を貸す。電気は落ちていたが顔をあわせることが多いのか、
それとも武人の能力のおかげなのかすぐに分かった。
「声がして盗聴していたら悪魔がやってきたんだよ。そいつに一撃は喰らわせた。」
「ならどうしてこんな惨状があるんだ!」
「確かに感触はあった。だけど、アイツは驚異的な回復力を使ったかと
思えば魔法を使って封死陣を構成しやがった――。ごめんよ。」
「ごめんよ、じゃない!あんたが無事でよかったよ……。」
こんな状態で言うべき事じゃないけどね――最後の言葉は前よりも小さかった。
「盗聴って……聞こえていたんですか?」
「あなたもか――っと、クリア王子だっけ?」
「あ…、うん。そうです。女性の声ですよね。コーラスで言うアルトあたりの声。」
「クリア……?俺には何も聞こえなかったが――。」
訝しげに思う。
「僕はリードを使ったけど……。」
「俺はたまたまだな。耳の中に入って木霊してきたからそれを
盗聴していた。そうしたら――。」
「ばれた。」
「ああ。あの時は体が身震いしてて相当やばかったよ。」
軽く笑う。
「にしてもお前、まさか隠し子と縁があったとはな。」
隠し子、その言葉にクリアの心が跳ねる。隠し子、と言われても実際おかしくない。
今日この日までほぼ隠蔽状態にあったのだから――。
「ああ、すみません王子。」
「……いえ、気にして、ないですから。」
言葉が片言になっているのが自分でもよく分かった。ラインは余計な言葉を
言ってしまったのだと後に痛感する。
剣の視線が痛い事に気付く後に――実際剣の視線は痛い。
「ミルキィが何処にいるか分かる?」
「俺が見てきたところにはいなかったな。」
「部屋は?」
「王女の部屋か?駄目だ、見てきたが既にいなかった。」
「寝込みを襲われたのよ。」
やられたわ、吐き捨てるように言う伊月の声がよく聞こえた。
「にしても暗いよね……。」
「厨房のほうは電気がついていたのか?」
「うん。後は真っ暗だったよ。今は目が慣れているけど。」
気配と瞳孔が開いているので薄暗いながら大体の位置関係は掴めている。
「僕の少し後ろにラインさん。僕の前の右のほうにいるのが伊月さんで
僕と向かい合っているのが剣。」
「ああ、合っている。」
「すごいね、王子。」
伊月はクリアの頭を撫でる。
「地下室は電気さえ消せば真っ暗だから。――って伊月さん、頭撫でるのやめて下さい。」
「どっかの弟違って可愛いなぁって。」
「あー、でも誰も魔法使いじゃないな。この面子じゃ。」
クリアは魔法は使えるが魔法使いではない。剣は元は忍者に近い存在だが、
瞬間移動と言う特殊能力はあるが魔法使いではない。伊月は完全に武人。
そして自分も。
「明かり、つかないかなぁ?」
どうして魔法使いがいないんだ?ラインは心の中で呟く。
「じゃあ私がつけてやろう。」
「――来るぞ!」
暗闇から聞こえる悪魔の囁き。伊月とラインは構えを取り、剣はクリアを守る。
悪魔から放たれる雷は間一髪で全員が避けた。
悪魔は鼻を鳴らし、アルトを奏でる。
「随分楽なもんだ。」
小脇に1人の少女をかかえて、無表情で抑揚のない声で喋る。
「ミルキィ!」
「ぅん…?!」
目を開けるとクリア達の姿が段々鮮明に見えてくる。それがはっきりとしてきたとき、
ミルキィは覚醒した(めざめた)
「クリア!剣さんも……。」
「起きたか小娘。」
ミルキィを先ほどより力を入れて閉めこむ。
「――痛っ!」
「おまっ……ミルキィに何をするんだ!」
「決まっていよう。我々の計画にこの小娘が必要でな。」
「計画……?」
「クリア、その事はどうでもいい。今は王女を奪還しなければ。」
悪魔はクリアに目を向ける。――こいつがクリア=レインボーか。
悪魔はクリアに気付かれないように嘲笑う。
「同情するつもりはないが、クリア=レインボー。貴様は不幸だな。」
「えっ――?」
「所詮は……いいや、喋りすぎたな。」
左手を立て、右手で下から上へと撫でる。
「お前を殺すな、との命令なのでな。暫く黙っていろ。」
「え――?」
「駄目ぇ!」
ミルキィの悲痛な叫びがクリアの耳に聞こえる。
「駄目だと思うなら抵抗するな。喚くな。運命を大人しく受け入れろ。」
「運命って一体――!」
「体で知る事になるだろう。」
「ミルキィ!行かないでよ――。」
悪魔はクリアに灼熱の炎を浴びさせる。声にならない悲鳴がクリアから出てくるのを、ただミルキィは愕然と
見つめていた。
「クリ……ア……。」
「あの小僧は生きているかどうかは分からないな。残りの人間は寝ているだけだ。」
ミルキィは1人うな垂れ、雫を溢す。
「嘆いているだけ、まだましだと思うのだな。」
これからお前は私同様隷属となるのだから。