クリア達は朝日が出る前に、既に身支度は済んでいた。マグナムに行ってきますとも
言った。マグナムはクリアを労わっている。心配しないで、と何度もクリアは言った。
マグナムは万全の準備をし、クリア達に色々な持ち物を持たせた。少々荷物は
多いが、役に立つものは多い。
「準備がいいですね。父上。」
「いざ、のためだ。」
包帯を施してある手でクリアに渡す。癒えない傷を見てクリアの心がチクリと痛くなり
胸の辺りを押さえる。――あの時の惨劇が自然とまた蘇ってきた。圧倒的な力を
見せた漆黒の翼を持つ悪魔は、自分を嘲笑っているようにも嘆いているようにも、
興味がないようにも見えた。
ミルキィの叫び声がまだ耳から離れない。今日もその声に魘され、目が覚めたときは
シーツが汗で濡れていた。
「ワシは国を落ち着かせ、城をまた元に戻しておく。――なに、案ずることはない。」
そう言われても案じてしまう。
「父上。」
「なんじゃ?」
「怪我、早く治して下さいね。治癒魔法だけじゃ完治しないよね。」
「ああ……すまない、クリア。」
もうそれ言わないで、クリアは優しい口調で止める。
「時々手紙書きますね。」
「楽しみにしておるぞ。」
2人はその後軽く談笑した。剣が自分を呼ぶ声が小さな声だが聞こえた後、クリアはマグナムに
別れを告げた。
「行ってきます。」


裏口から城を出ると、既にラインが地図を広げながら待っていた。
「ごめんなさい。つい遅くなって……。」
「自分もさっき来たばかりですよ。って剣も一緒か……。」
「何だその嫌そうな顔つきは。」
「剣、年上に対して溜口は失礼だよ。」
剣を咎める。剣は意外そうな顔つきをして、クリアを見下ろした。
「咎められるなんて久しぶりだな。」
「えっ?あ、そうだね。いつも僕が注意されてるから。変なの。」
「悪くないけどな。たまにはお前に咎められるのも。」
「そ、そう?なんだ。」
「あのぉー俺無視して2人の世界?」
そんなわけないよ!とクリアは大声を出して顔を赤らめる。
「ラインさん除け者にしちゃった。」
「いえ、気にしていませんよ。」
「え?」
「今から仲良くなればいいだけ、それだけだ。」
その後、ラインはクリアに手を差し伸べる。クリアは迷わず手を握る。手は
武人らしくゴツゴツしていたが、その中には優しさがあった。
「……あ、それと剣。俺のこと溜口でいいよ。」
「最初からそのつもりだ。」
「あ、そう――。」
口調が刺々しい。剣からはどす黒い嫉妬心が剣から出ていた。その嫉妬は
刃となりラインに向けられる。ライン自身は冷や汗をかいて、クリアを引っ張ると
すぐ手を放した。だが放されたクリアは全く気付いていない。良くも悪く天然と言うか――。
逆にそう言うところに色々救われていたりするのだが。
「とにかく、最初の目的地はエミリア・エスコリアルだ。イリーヤ=ボイスと言う
文官にこの手紙を渡さなければいけないからな。」
無地の手紙を見せて言う。綺麗に封がされている手紙には綺麗な字で
イリーナ=ボイス殿とペンで書かれている。
「ついで、と言うのは失礼なのだがそこで王女について聞き込みをしよう。
イリーナと言う少女にも聞けたら光栄なのだが――。」
彼女は幼馴染であり次期国王の就任の準備を色々しているらしく、そこまで
時間が取れるかどうか分からない。と言う話だ。
「そう……でも、聞けたらいいね。」
「でもあの皇子に会うのか。もう5年ぶりだなぁ。」
「知り合いなのか?」
「ああ。一時期だが国王の弟子だったよ。格闘センスは凄いぜ。国内では
皇子より上の格闘家はいない。触り程度だけど剣もできるよ。あいつ。」
皇子、その言葉にクリアは反応した。
同じ皇子なのに国内では向う所敵なし。しかもそれが自分と同じ地位の者なのに。
クリアは己の無力さを言葉だけで思い知らされる。
3人はこの後南へと歩く。剣の持つ地図にクリアは覗き込み、ラインが外敵から
護るために後ろを歩いている。その間クリアと剣は2人仲良く談笑をしている。
クリアは無理に笑っている。
「エミリア・エスコリアルって南国なんだよね?」
「ああ。レインボー王国よりも暖かい。主に水産業が盛んだな。」
「エミリア教の発祥地って聞いたけど……国に大聖堂があるんだよね。後は
歴史のある国とも言われてるかな。」
「ああ、大体はそんな感じだ。移動手段は舟と歩道が多い。」
クリアは感嘆を上げる。
「剣は確か古都国の出身だよね。」
レインボー王国を中心とし、南にエミリア・エスコリアル。東から北へ伸びる
古都国。西に魔法が栄えるライフェンベルク。そして真北にあるのは
エデン。クリアは次々と国名をあげてゆく。
「最も……幼いときしかいなかったからな。」
何処か哀愁漂う顔つきを見せた。黒色の目が黒髪により隠れる。声色も
何処か細い。
「えっ?それはどうして――。」
「ま、家庭の事情さ。」
さっきから黙っていたラインが口を開き、クリアの頭をポンポンと叩く。
剣のほうを向けて、アイキャッチを送る。
「な?」
「そんな感じ……だな。」
剣はそれに気付いたのか、コチラもアイキャッチで返す。
「そっか。何だか余計な事聞いちゃったかも。言葉も濁していたし。」
ごめんねぇ、とクリアは謝る。
「いや、そんな謝ることでもない。それよりクリア。」
「ん?」
「何だよ剣。」
「お前は何も考えなくていい。」
えっ、とクリアが言葉を紡ごうとした時。
「無理に考えるとおかしくなるぞ。もっと自分を大事にしろ。その……あまり卑下しないほうがいい。」
また前を向き、一人無言で歩く。ラインはクリアの顔を覗き込んだ。
「王子?」
クリアはふんわりとした優しい笑みを浮かべていた。
「……にしてもアイツ、結構優しいんだな。」
「何言ってるんですかラインさん。剣はとっても優しい人ですよ。」
一瞬だけ、思わずその笑みを見てドキっとしてしまうライン。こうしてみて見ると随分と
華奢な体と思う。身長も170センチはないと思うし。17歳と言う成長期の中でこれだけ
小さく、顔立ちも可愛らしいに近い。マグナムの息子とはあまり思えないのだ。
「そうですね。過小評価していたかも。」
「でしょう?――って剣止まってよーっ。」
いつのまにか500メートル以上離れていた剣をクリア達は追いかける。
「もう!照れないでよ。疲れちゃったよぉ。」
道路にへたり込む。
「コッチだって恥ずかしかったんだぞ。」
落ち着いて言っているようだが、感情が滲み出ている。
「聞いている僕は恥ずかしかったけど嬉しかった!」
「……そ、そうなのか?」
「嬉しい筈なんだけども、もう足がクタクタ!」
「……そうか。なら少し休もう。丁度色々作ってきたところなんだ。」
何処からかバケットを出す。
「少し遅いが、お昼にしよう。先日お前に頼まれたレシピを参考にしてみた。」
3人は野原に移動する。
「そのさ、剣。」
「何だ?」
「今度、教えてね。レシピ。」
少しだけ、クリアの心が軽くなった気がした。

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