城はコテコテのバロック式。後数年すれば築1千年になるのだとマオンは
自慢げに言う。彼が建設したわけではないのだが。クリアは見惚れてしまい、
剣が強制的に城内へ連れて行く。
「よぅ、帰ってきたぜ!」
「マオン様!無断外出はあれほど駄目だと咎めたのにあなた様は――」
家来はマオンに詰め寄り、愚痴をこぼし始めようとする。
「まあいいじゃん。な、イリーヤ。」
「よくない」
「ぐはっ。」
即答で言い返す。もだえ苦しむマオンを適当にあしらう。
「じゃあクリア王子は私についてきて。残りの人たちは応接室で待っててね。」
「おーい行くぞ〜。」
「はは、お前は何年たっても子供だよな。」
「俺はお前より年上だ!」
ラインが苦笑いを見せる。
「じゃあ後でね。」
「じゃあねマオン〜。」
クリアは3人に手を振ると、イリーヤの後を子犬のように追いかける。
「しっかしアレが同じ王子だとは……。」
「お前の場合皇子だけどな。」
王の子と天皇の子と、それぞれ違う意味なのだが何れ国を統べる者であるのに
代わりはない。3人は応接室へ足を進める。
「なぁ坊主。」
「――なんだ一体?」
坊主と言われたことが嫌だったのか、眉をひそめる。だがマオンは気付いていない。
「随分とクリアに親身になっているな。」
「………何故そう思う。」
「だってよ!お前クリアを抱き起こそうとしてたろさっき!?」
自信ありげに言うマオンに剣は溜息をついた。――見ていたのか。流石に
抱き起こすのはやり過ぎだったのかもしれない。実際クリアに止めてほしいと
拒まれ、少々ショックを受けてしまった。
「……アイツは歳の割りに体が弱いのでな。」
「体が弱い、かー。男として情けないぜ。」
「……頭が弱いヤツに言われたくはないけどな。」
「坊主!?てめいくら俺が馬鹿だからって――」
あっ――と間抜けな声を出す。
「自分で言ってるぜ。」
剣は額に手を乗せて呆れていた。

「ふはぁ〜っ。気持ちよかったです。」
随分と満足した顔つきをして、クリアはシャワー室から出てきた。銀色の髪はいつもよりも
少し柔らかくなっている。こうしてみると17歳だとは思えない――イリーヤは心の中で思う。
精々14、5位だろう。
「客人を待たせるわけにもいかないし、戻ろう。」
「はい。」
2人は部屋から出ていき、煌びやかな廊下を並んで歩く。
「レインボー城よりも大きいですね――。」
クリアは自分の故郷を思い出す。
「昔はエミリア・エスコリアルが世界の中心だったからね。ただ城はレインボー王国のほうが
新しいよ。エミリアは増築や改築はしているけど、原型は留めたままだよ。」
コツコツとヒールの音がよく響く。横切る人々の中には、彼女に声をかけるものもいた。
「レインボー王国から使いが来たそうですね。」
「はい。今から先方とその話についてしていきます。」
「こちらも忙しいのに――世界は常に蠢いていますよねぇ。」
本当に――と文官は重い溜息を吐く。クリアはイリーヤのほうを見る。ピクリと一瞬だけ眉が
つりあがった。
「それは当たり前の事。世界は大きかれ小さかれ常に蠢いています。」
クリアが瞬きをした時には、さっきのイリーヤに戻っていた。
「し……失礼しました!」
文官は脱兎の如くその場から逃げる。イリーヤはふうと息を吐く。
「見苦しい所見せてごめんなさい。」
苦笑いを見せた。
「いえ……別に気にしていません。」
「そう。」
なら行きましょうと足を進める。
常に世界は動いている。今このときだって誰かが世界を動かしているのだ。もしかして
今回の事が世界を大きく動かすのかもしれない。
クリアは歩きながら思う。
そうこう思案しているうちに、イリーヤの足が止まる。
クリアは後一歩のところでイリーヤの背中にぶつかりそうになった。
考えすぎなのかもとクリアは考えを有耶無耶にする。
「ごめん遅くなった。」
扉を開けて一言謝る。
「いいぜ。気にしてねーし。」
イリーヤはマオンの隣に、クリアは剣とラインに挟まれイリーヤ達と向かい合う。
辺りは静まり、イリーヤが淡々と説明を始めた。
「ようこそエミリア・エスコリアルへ。再度改め、イリーヤ=ボイスと言います。」
「俺はマオン=G=エスコリアルだ。」
剣は懐から手紙を取り出す。
「これは?」
知ってはいるが、確認の意味を含めて問うてみる。
「イリーヤ殿に渡せと言われた手紙です。」
「マグナム王から?」
「ええ。」
真っ白の封筒を受け取り、慣れた手つきでシールを取る。紙の擦れた音が静寂に
響き渡る。三つ織の手紙を開いた。
「じゃあ読むよ――イリーヤ殿へ。大変お忙しい所申し訳ない。存じていると思うが
我が妹、ミルキィが何ものかに連れ去られた。特徴は青白い肌にエルフのような耳、
漆黒の翼を持つ長身の女。この手紙を読んでいるときに目の前に双子の兄クリア、
護衛の2人がついているだろう。彼らはミルキィを奪還するために旅に出ている。
何か分かっている事があれば教えてやってほしい。
話は変わるがレインボー城の復旧作業が思ったよりも時間がかかりそうだ。
是非そちらからも応援を願いたい。」
手紙を机の上に置く。クリアは握りこぶしを一層強く握り締める。イリーヤの
顔は何処か憂いを帯びて悲しげに口を開いた。
「ミルキィ王女の行方は――」
分かる、分かっている、把握している、掴んでいる――そう行って欲しかった筈なのに。
「分からない……。」
謝罪の声がエコーしてきて、クリアの心に更に大きな穴が空いたような気がした。
「実際目撃者もいないし、私たちも見ていないの。」
「そんな……。」
イリーヤは何か思い出したように説明をまた始める。
「それにそんな格好していればすぐに怪しむ筈。この世界に飛行できる人間は
いないんだもの。瞬間移動できる人間はいても――ね。」
瞬間移動できる人間と言うのは剣を指しているのだろう。
「それにミルキィ王女を奪還するのはともかくとして……それ以前にあなた達、
本当にその相手を倒せる?」
イリーヤの言葉が3人の心に突き刺さる。あの時の地獄絵図はまだ頭に
こびり付いていている。一夜にして半壊した城を。
イリーヤは反応をすぐさま見透かし追い打ちをかける。
「覇者のマグナム王でさえ相手にならなかった相手をあなた達3人でどう倒すの?
確かに俊敏性に優れている剣殿、大陸での知名度が高いライン将軍、そして
マグナム王の息子クリア王子。3人とも才能は持っている。でもね、あなた達
3人の力を持っても無理だよ。現にレインボー王国の軍隊の将軍職からも
重軽傷者はおろか死者まで出ている始末。目的を達成するには信念と
力がいるんだよ。」
クリアは声を荒げようとするが、剣の手が前に来て彼を制止する。
「確かに俺達の力は非力です。それは否定することはできません。しかし時間が
ないんです。」
クリアの言葉を代弁するように剣は言う。イリーヤもそれには黙り込んだ。
だがマオンはそれと逆の行動を取る。
「じゃあ俺達と修行すればいいじゃないか!」
立ち上がり、拳を握り締めて熱く語る。クリアは口をぽかんを開けて唖然としている。
ラインは密かに笑いを堪えていた。
「なぁイリーヤ!」
イリーヤは顔つきを一切変えずに溜息。――いきなり何を言うかと思えば……と
厭きれた。
「……私はいいけどクリア王子はどう?」
「僕ですか?」
僕は――とクリアは思案する。そして導き出した答えは――
「いいですけど……剣、ラインさんはどう思う?」
横目で2人のほうを見る。
「俺はそっちのほうが良いと思う。時間がないから手っ取り早くやってほしいものだ。」
「俺も良いですよ。なんなら武術の才能が王子にあるのなら教えたいです。」
2人はクリアのほうを見る。
「じゃあ受けさせてもらいます。ただ時間がないので……。」
「分かったよ。じゃあ短期間で行きましょうか。」
「よろしくなクリア!」
マオンはクリアの手を握り締めると振り回した。
「よろしくね。って痛い痛い痛い!」
相手の皇子は調子者なのか、クリアの手をぶんぶんと振り回した。
「今日から暫く城内の部屋を貸すね。」
「すまいな。」
「いいんだよ剣殿。それに――」
イリーヤははっと何かに気付き口元を抑える。――あの子はと続くその言葉は
この世界において禁句だった。

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