手紙の内容は最悪だった。昨日の明朝、突如やってきたレインボー
王国の密偵がイリーヤの前にやってきた。
スカートのポケットに無造作に手紙を入れ、外へ出た。本来ならば
部屋に篭り書類と闘う毎日なのだが、随分と人々を騒がせる皇子を
城へ強制連行させなければいけないのだ。2日に1回は必ず
起こり、その行動は悩みの種だ。
イリーヤは文官の中でも決して高い位ではない。本来ならば
皇子マオンと接する機会もほぼ0に値する。
しかしこうして彼と一緒にいられる理由は昔通っていた学校で
知り合い、マオンのコネとイリーヤの成績により文官として働いている。
ちなみに外見年齢18歳。実年齢24歳。現在はマオンの
「あれ皇子のいい人じゃない?」
――恋人ではない。幼馴染であり、相棒であり、主従関係の
3つ全て当てはまる彼に最も近い存在なのだ。
「何してる?」
港町のコンクリートに寝転ぶマオンを上から見下ろす。マオンは虚ろになりそうな
目を半開きにし、口をぽかんと開けている。
声の主がイリーヤであることを理解するのに時間を要した。
「イ、イリーヤァ!?」
「そんなに驚く必要、ある?」
「逆光で見えなかった、すまん。」
手をパチンと合わせて謝る。イリーヤはふぅと溜息をつく。
「いだっ!」
持っていたファイルの角をマオンの額に強く投げつける。
「いだだだっ……。」
「お仕置き。マオン、あんたこれからの予定分かってる、よね。」
疑問符をつけていない言いかたでマオンに迫る。拾ったファイルをマオンの額に
コツンと軽く叩いて。とても一国の皇子に対してするべきことではないのだが、
彼と彼女の関係
「えっと――変な召喚術の特訓だろ?」
「大正解。変な、は余計だけど。」
「だってよ。召喚術ってのはほんの一握りの人間しかできないじゃねーか。エルフは
大抵できるけどさ。――第一俺は格闘家なんだ。そんな剣士なんざに護られて
召喚なんてしている位なら俺は拳を使って暴れたいんだよ。」
「これだから頭の弱い皇子は――。」
いい?とマオンに確認する。子犬のように小さく頷く大きな体躯を見てイリーヤは
いつもの冷静さで説明する。
「格闘も、召喚も同じ位大切だよ。格闘は前衛。召喚は後衛。魔法戦士じゃない限り
普通はどっちもできないでしょ?それに魔法や召喚ができないと一発逆転が
難しい。」
思わずマオンはイリーヤに拍手を送る。だがイリーヤは嬉しくともなんとも無さそうだ。
少なくともさっきと表情は変わっていない。
「素質があるんだからそれを無駄にするなんて勿体無よ。」
「素質ねぇ――。」
「まぁそんなところは置いといて。とっと特訓するよ。」
立って、とマオンの鍛えられた腕を掴み強制的に立ち上がらせる。
「前々から思ってたんだけどさ。お前召喚できないくせにどーして俺に修行をつけてるんだ?」
大変答えにくい質問が出てくる。この皇子、普段は勘があまり冴えないのに変なところで
掻い潜る。事実、イリーヤも召喚能力はない。
「私は――」
だがイリーヤは絶対にマオンに教えなければならない。約束を果たす為に。昔のことを
思い出し、ギリと奥歯を噛んだ。――この大陸を混沌の渦で飲み込まないで。
儚げでか細い声が脳裏に浮かんだ。
「イリーヤ………?」
「あんたのお父様から頼まれたのよ。」
やっとのこと出てきた言い訳は無難な言い訳。
「親父からかっ!?」
「召喚の才能があることを教えたらすぐにでも教えてくれって。だからこうして教えてるの。
実際召喚師は少ないし、何が召喚できるか分からないしね。私は召喚術は使えないけど
知識なら知っているから教えてるの。実際は召喚師に教えてもらうのがベストなんだけどね。」
「ほーっ。だからお前が教えてるのか。」
「これでいいでしょ?」
早く行くよマオンの腕首を取り歩き始める。既に日は東へ降りようとしていた。太陽が
海面に映り、滲み出る。
「ん?何だその手紙。」
イリーヤが取り出した手紙を興味本位で問うた。
「レインボー王国からだよ。聞いたでしょ?城が半壊状態だって。」
「ああ……。全く、難儀なことだぜ。」
「見ようと思ったらあんたが居ないって事聞いてまだ見てないんだ。」
封筒から2枚の手紙を取り出す。マオンが後ろからそれを覗き込んだ。
「うへぇ……厄介だなこりゃ。」
前略 イリーヤ=ボイス殿
大変お忙しい所申し訳ない。我が王国、レインボー王国の城が壊れたのは存じているだろう。
今この手紙を書いている時も人々は手を休めず復旧作業をこなしている。
この用件は絶対民衆に知られないようにしてほしい。娘であるミルキィが城を襲ってきた
者によって誘拐された。特徴は黄金の目、青白い肌、エルフ耳、漆黒の羽だ。少なくとも
誰なのかは特定できていない。ミルキィの双子の兄であるクリア、直属の密偵研磨剣。
武将ライン=カークランドの3人が各地を周りミルキィを捜索中だ。明日明後日には
コチラに着いているだろう。その間、少ない時間であろうがその悪魔について情報収集と
クリア達を迎える準備をしてほしい。そちらも随分と忙しいであろうが、支給頼む。
レインボー王国 国王マグナム=レインボー。
「ミルキィに双子の兄なんていたんだな。」
「ええ……でもそれなら公にも出ている筈だけど――。」
だが今はそんな事を考えている暇はない。こちらだって用事が山積なのだ。第一に
マオンはまだ召喚術を覚えていない。覚えさせなければ――。
イリーヤの手紙を持つ手は、一層強い力を放っていた。