プラスチックスマイル
恐ろしや、ああ恐ろしや体育祭
「野郎ども!絶対勝ちたいかー!?」
「うおおおおーーーっっ!!!」
叫び声がグラウンド一体に響く。
「トロフィーを我が物したいかー!?」
「いえーーーーーすっっ!!!」
両手の親指を出す一部を除いた男子一同。
「優勝して食堂優先券手に入れたいかー!?」
「ほわちゃぁーーーーっっ!!!」
最早言葉にならない奇声をあげる生徒一同(一部を除き)
9月の下旬へとさしかかろうとしているこの日。天気は秋晴れ。気温は少し涼しめ。
だが、それがこのむさ苦しい野郎どもには丁度良い位なのだ。現在の時刻9時15分。
準備体操が終わり、理事長の挨拶で一気に熱気はヒートアップ。
だが――中には周りについていけない(ついていかない)人達もいるわけで
――それがいつもの面子(綾音、翼、空也を除き)だ。
「はぁ・・・職員会議で問題になったのにマジでやるんだ体育祭・・・。」
「仕方ないよ、美紅。」
「まあねぇ・・・参加した生徒の大半がプレミア食券狙いだし。」
トロフィーよりも、体育祭の優勝よりも生徒の優勝する理由がこれだった。食堂優先券――
体育祭でしか手に入れることのできないプレミア級の食券である。これさえ手にすれば
昼休みの戦場と化した食堂を最優先でメニューをオーダーすることが可能なのだ。
昼休み、食堂で過ごす者にとっては是非ともこの券を手にしておくべきなのだと豪語する
馬鹿もいる。最もこの面子は弁当持参だったり、購買部で買ったり、カフェテリアへ
行っていたりするので食堂には縁があまりない。綾音やいぶきも扇菜と言う最大の
コネがいるので困りなどしない。
「今年は騎馬戦もあるし。」
「えー・・・でも職員会議によく通ったよね。」
葉月の持っていた体育祭のプログラムを覗き込む智鶴。エントリーbP1のところにクラス対抗
騎馬戦と明記してある。
「多分アレだよ。理事長の職権乱用と気まぐれ。」
「でもさー、いぶきや綾音辺りが言えば桜ちゃんが理事長脅して入れたっていう可能性も
否定できないんじゃないの・・・。」
全員がその様子を思い浮かべる。扇菜が理事長の胸倉をつかみ、バックには例のボディーガード。
銃刀法違反だというのに弾丸を入れた銃を理事長に向け、理事長の後ろには日本刀を片手に
腹切り上等!とでも言いそうな雰囲気がすぐに思い浮かべる。――ありえる。あの少女なら。
「って何変な想像してんだ自分!」
プログラムを鞄の中に入れる智鶴。
「今年は例年に比べて異常だよ。去年は分かれた面子と同じクラスだったからプレミア食券を手に
入れられた(まぁいらないけど)でも今年は違う。狡賢い二十一はともかくとして、破壊の女王の
綾音ちゃんもいない。着実に勝利へと無難に歩くいぶきちゃんもいない。四ノ原はまぁ・・・
アレだけど・・・クオちゃんもいない。」
「あー・・・そっか。クオちゃんがいないと他のチームを止める事ができないのか。」
「ん、そうだよ八波。アイツはある種二十一よりも厄介だからどうにかしないと・・ああっ、もう厄介者ばっかりだ。」
彼らにしてみれば食堂で昼食を取るわけではないが、少しでも貢献しないと嫌な目に遭遇するのは目に見ている。
そう――彼らとしてみればこの行事、ただの厄介な行事でしかないのだ。
『エントリーbW。無差別借り物競争。出場者は入場門へ入ってくださーい!この競技の中継&受け付け嬢は
2年B組近藤綾音でーすっ!』
(げ・・・元気だなぁ・・・。)
参加者の1人である壱郎は苦笑してみせた。隣では引き止め役兼それなりに親切なお茶係兼フォロー役として
奈良崎いぶきも横でお茶を一杯啜っている。既に彼は入場門に翼と美紅と一緒にいた。
「はぁ・・・2年連続これ参加なわけぇ。代理でも立てたいなぁ・・・。」
「あれって見ているほうが怖いよな。」
「てゆーかねぇ・・・借りる物は理事長が会議中に書いてんだよ!?」
震え上がる美紅を見て、ははっと笑うのは律儀にも準備体操を終えた翼。話によると彼は壱郎同様これは
初めてらしい。
「でもこれが午前の部で盛り上がるといえば盛り上がるよね。」
「後は最後のリレー?(翼)」
「まぁ・・・そうだけど。あとl騎馬戦ね。(美紅)」
「それより他に誰が出るんだ?」
「うーんと・・・・・・私達の友達なら他は春季ちゃんと・・・空也くん。取り合えず要注意は――ってもう第一走者が
スタートラインに立ってるっ!」
『はいっはーい。そろそろ無差別借り物競争を開始しまーす!そこのアナタ、もしかしたら借り物はあなたかも
しれませんよ!?。それとまだ入場門にいるそこの3人、出てこないと2年A組は失格によりポイントが0点の
なりますっ!』
マイクを持ち上げ、壱郎達を指し示す綾音。すぐにいぶきが止めに入る。だが――一度発せられた言葉のように
生徒席にいる生徒の半数が壱郎達に視線を向ける。中にはクスクスと小さな笑い声も。
「く・・・クソオノレっ!」
「これだから壱郎はいっつも説明するのが遅いんだから。」
「って何恩田ってば俺に罪擦り付けてんの!?今のってどう考えても連帯責任イコール俺等は運命共同体でしょ!?
・・・ってあの2人は既にスタートラインの近くで待機しちゃってるの!俺を残して・・・。」
「早く行け!!」
後ろには不機嫌そうな葉月がいて、壱郎は彼女の名前を呼ぶ途中で背中を強い力で押されてグラウンドへと出た。
「ってお前等俺を置いてくな!」
「いやぁ、ごめんごめん。」
「ごめんどころじゃねーよそこ!」
びしっとヘラヘラと笑う翼のほうを指差す。壱郎は深い溜息をつくとその場にしゃがんだ。
「位置について・・・・よーしどん!!」
ピストル係の声が聞こえ、ドンとピストルが空(うえ)に発砲される。歓声が一層大きく響き渡る。
「そういえば、恩田。お前去年も参加したって言ったよな。またあの理事長が書いた紙だから・・・。」
「ろくでもないよ。借り物はマイクやボールから果てやワシントン条約で保護されている動物とか私(理事長)とか。
もうふざけてんのも大概にしろ!ってのが大半・・・って次私の番だから頑張ってねー。」
前を見ると既に第4走者まで走り終わっていた。
「位置について!」
(せ……せめて今年はマシな物にしてよ!)
心の中で呟く。
「よぉーい!」
(例えばバスケットボールとか……去年なんて微妙にラリってそうな男だったんだから!)
いないと思う神様に柄になく願う。
「どん!」
ピストルの音がする。美紅は地面を蹴り、全速力で走り出した。
『はいはーい!現在のトップは2年A組の恩田美紅さんですっ。このまま独走なるか見物ですよね?』
『ええ、去年も相当白熱だったけど今年は凄まじい熱気ね。野郎の汗臭さがプンプンして正直気持ち悪いわ。
あ…話が逸れたわね。このまま1位ってのは借り物によるわ。半分実力、半分運のこの競技は起死回生だって
ありえるのよ。多分美紅ちゃんが1位になりそうだけど――それは無理ね。あのバーコード、スタート直前に
いきなりチラシの裏に書きなぐってそれを摩り替えたの。書いてある内容は――いえないわ。とにかく全員
足掻いてみなさいよ。あっ、それと可愛いロリっこを発見したら直ちに私のところへ持ってきなさいよ!?』
いつのまにか中継&受け付け席に何故か桜ノ宮家の庶民派お嬢様がたまり醤油味の煎餅を食べながら
パイプ椅子に座っていた。美紅も呆然としていたがそんな事をしている暇はない。すぐさま裏向きに
してあった紙を適当に取る。
(いよしっ!後は――)
『おお!?恩田美紅さんが紙を見ましたっ。一体何が書いてあったのでしょうか…!?』
『私の幸せ BY理事長』
(むっ、無理ありすぎこれ!)
私の幸せって一体何を入れればいいんだよおいぃ!と一人ツッコミを心の中でする。大体幸せって
なんだ。毛か?毛か?頭の毛か?、などと考えているうちに段々とゴールへ向う生徒も出てこようと
してきた。――やばい、負ける。
めんどくさいことは普段嫌いだが、負けるとそれはそれで色々言いがかりを一部の人から
付けられてそっちのほうがめんどくさい。
――どっちののめんどくささを取るか。
美紅は苦渋の決断を迫られたが、近くにいる適当な人を見つけ無理矢理紙を奪った。
「ああっ、何するんですか先輩!」
「ごめんねー手が滑っちゃって。」
白々しい。
「返して下さい!」
「あー、紙がそっちへいかないなーなんでかなー?」
白々しい。
「あー、サッカーボールかぁー。じゃあ取りに行くとすっかなー?」
「私は一体どうすればいいんですか!」
「じゃーあー私の使ってよー。」
「酷っ!先輩とっても酷っ!」
『ねぇーいぶちゃん。あれっていいのかなぁ?』
『……いいんじゃない?一応無差別借り物競争なんだから。そうだよねー?』
『……!あ、ええ、そうじゃないかしら。』
(絶対ボケてたな――)
横目で乾いた笑みを浮かべる扇菜を溜息をついて見ると、また接待を始める。
「ねぇ君、君お茶入れるの上手いね。」
「当学校の生徒へのナンパは禁止されてますからやめて下さい。」
適当に何処かのお偉いさんのおじさんをあしらった。