プラスチックスマイル


決めるなよ、優勝決めるな体育祭



「春季ちゃんどう!?この劇的惨状は!」
扇菜1人特設テントで不愉快そうな声を出した。近くにいた
サッカー部部長翠春季を呼び、得点板を見ながら1人グチグチ
文句を垂れ流している。現在トップは僅差で2−D。
2位以降が3年生。ちなみに壱郎達のクラス2−Aは13位。やる気
はほぼ0に等しい。彼女の応援している2−Bは現在8位。
「いや……そりゃ私らのクラスは頑張っても7位にしか入らないけど――。」
あれだけ頑張ったのになぁ、と少しだけ残念そうに言う。
「はぁ……やっぱり無差別借り物競争が大きな敗因かなぁ。」
「ねぇっ、今溜息ついたわね。」
扇菜は溜息を見逃すわけがなく、春季の手を両手で握り目を輝かせブンブンと降る。
「そうよねそうよね。やっぱり
一発逆転ホームランは打ちたいわよね?
敗者復活戦のようなことはしてほしいわよね?

思わず顔を逸らしてしまう春季。
「いや、でも次のリレーで終わりじゃん。」
「あ、そっか。」
握っていた手を解放し、扇菜は思案する。春季は次のリレーの審判なので
そろそろ此処から出ようと思っていた。
「次審判だから行くね。」
スニーカーを履き本部へ向おうとする。扇菜は再び目を輝かせる。怪しげな光を
放って。
「あ、あの私審判だから――。」
春季の両足を完全固定する。
「この競技の責任者って誰?」
「阿久里だよ。」
その言葉を聞いて更に扇菜は目を輝かせ、さっきの不快さはいつのまにか何処かへ
消えていた。心配そうな目をして春季も後ろに続く。


「えーっと……某氏から脅迫、いえいえいえ。意見より今回のリレーに特別ルールが追加
されることになりました。」
阿久里は扇菜からもらったメモ(到底見られるような綺麗な字ではない)を見ながら後ろを
チラチラと見る。周りはどよめき注目は阿久里に注がれる。
珍しく今回は何も不幸に巻き込まれていない壱郎はぼんやりと阿久里のほうを見ていた。
「特別ルールの発表です。リレーで優勝したクラスは
1万ポイント追加で……す。」
壱郎、思わず我が耳を疑ってしまう。1万点?今の2−A得点は879点。中間ラインだ。
(ってこの展開!何だかちょっと前の特番クイズ番組を沸騰させるじゃないか!)
「何だよ1万点って!俺達の努力が水の泡じゃないか!」
これ以上理不尽な展開あるかぁ!と3年生は近くにあった小石、飲み終えたペットボトル、
運動場の砂、
少年ガンガン、ケースに入っている広辞苑を投げつける。
「って俺罪ないんだけど……とにかく。これは体育祭向上委員会も承諾しているので無理です。」
逃げるようにして壇上から降りすぐさまテントへ避難する。
「やっぱり桜さんやめようよ………ルール変更なんてやっぱり反感かうし……。」
テントで茶とお菓子を自分の分のみ用意していた扇菜が抑揚のない声で言う。
「いいじゃない。面白くて――って嘘よ。実言うとね……はぁ。」
「何?奈良崎さんのクラスが負けそうなの?」
「そ、そそそそんなわけないじゃないです!」
飲んでいた茶を思わず吐き出しそうになる。
「やめてよ桜さん……俺のハンカチ、そんな事のために使いたくない。」
「誰があんたのハンカチ使うのよ……とにかく、この事に関して異論はないわね。
ないよね?
さりげなーく
次世代ハード機情報を見せて微笑む。阿久里にとってその情報は欲しい。
無茶苦茶欲しい。あの珍天堂とPONYとミクロソフトのハード機情報がびっしり載っている。

思わず用紙のほうへ手を伸ばそうとするが、ギリギリの理性が何とか保ってくれている。
「やっぱりこういうのはよくないよ!」
「いいじゃない。最近のジ●ンプだって友情・努力・勝利がなってないんだから。それにね、
大体私努力派じゃなくて才能派なの。
普通に友情をきつく結び、涙を流しながら努力し、
それにより勝利を勝ち取るなんてつまんないわ。

「別にお前の好みなんて聞いてないよ……。」
「あ、もうだいぶ用が済んだからこれあげる。」
ホッチキスで閉じられている次世代ハード機情報の掲載されている紙を阿久里に渡した。
「一応報酬ね。」
「報酬って言われても……嬉しい筈なんだけど、何か嬉しくない。」


此処は2−Aのテント。1万点追加と聞き、喜んだ勝ち組である。
「努力しないで正解だったな!」
「なーっ!」
「はいはい……今から作戦を立てます。リレーは男女3、女子3の6人。」
「まず壱は参加ね。」
学級代表を中心にして円を作り話し合いを始める。何故か智鶴の意見より
強制的に
壱郎は出場決定。

「俺運動神経そういいほうじゃないし……。」
「あーあ、葉月がかわいそー。ねー葉月。」
智鶴の右隣にいる葉月を見る。
「いや、かわいそうじゃないけど、まぁ参加するなら全力出して頑張ってみてよ。応援するから。」
ヒューと口笛が辺りから聞こえる。
「じゃあ参加メンバーは壱郎は決定。後は運動神経の早いヤツをピックアップしよう。」
「文句ない壱?」
「ああ……てかもう俺文句言っても無理でしょ?」
全員が異口同音で無理と言う。最早反論する気さえの残っていない壱郎は大人しくグラウンドへ
向う。バックミュージックが自分の好きなアーティストであることが非常に嬉しかった。
ああ、CDレンタルしないと。でも買わないと本当にそのアーティストに貢献してないよなぁ――
そういえば今月ライブDVDも出るんだ。そういえば初回予約限定でストラップもついてくるんだよなぁ。
あれ葉月欲しがっていたな。うん初回限定版を買おう。あーでも出費が痛い。
詐欺だよあの値段。
最高裁判所に訴えるよ。起訴だよ起訴。
敗訴しても立ち上がる勇気はあると思いたい――
「ではいちについてー。」
ピストル係は久遠。用意がいいのか耳栓をしている。
「ってちょっと待ってよ!私まだ靴紐――」
「ドン。」
女生徒の叫びを無視したのか、それとも聞こえていないのか高らかにピストルを鳴らす。
そこで壱郎の思案は止められた。
見る限りトップは2−B。鍛えられた筋肉がむき出し、プロレスラーやボクサーを連想させる。
ちなみにこれは中学2年生。壱郎は前に1回、
高校生が彼に何故かお金を渡していた姿を
ちらりとだが見てしまった。

「はい!」
「ありがとー。」
第2走者の手に渡る赤色のバトン。
「えと俺等のクラスは……4位か。」
まだ順番は来ない。壱郎は第7走者。アンカーの前だ。つまり自分が少しでもしくじったら
購買組から
特攻役を頼まれるだろう。いや、やらされる。壁役もやるだろう。肉と肉に
挟まれサンドイッチ状態の戦場
へ自分から向うなんてごめんだ。
そんな事を考えている間に、2−Bのバトンは第4走者へと渡ろうとしていた。
「やべ。6位か……。」
さっきもスピードは衰えている。だが、周りから声は一層激しくなっていた。
定番の頑張れから負けたら明日がないと思え、まで。特に3年生は必死の形相を見せて旗を
振り、応援団を中心として声を張り上げる。これで負けたらもう彼ら(3年生)に次はないのだ。
2−Bはと言うとそれなりに応援はしている。他のクラスよりはやる気はないが、珍しくいつもよりは
やる気がある。理由はただ1つ。
これだけで優勝できるなら頑張ってみようかなー?って言うことらしい。
地面を蹴る音と風をきる音と汗と伝う音は効果音。ボーカルは応援歌や人々の声援。コーラスは
実況の近藤綾音の声。
『おーっと。ただいま2−Eの第4走者三木本さんが2−Dを抜かしました。早い早い早い早いっっ!』
握りこぶしを作り机の上に足をのせるのは、思わず
カラオケボックスで演歌を歌うおばさま一同を
思わせる。

「だからちゃんと座ろうよ綾ちゃん……。」
『ごめんごめんいぶさん。にょほほほほー。』
怪しい奇声を発してマイクを手から放そうとしない。
「はぁ……若い子は元気だなぁ。」
『いや、あんたも私と同い年ですよ!ってA組抜かしそうです!――って抜かしたー!?』
「何ですって……!?」
無関心を装っていた扇菜は机から飛び出そうな勢いでグラウンを見渡す。そこには見覚えのある
生徒が3年生軍団を抜かしていた。
「どういうことよ!」
「いや、どうもこうも抜かしたんだから……でもまだ私たちのクラスがトップか。」
未だトップを維持しているのは2−B。最強面子を用意しているのだから無理もない。リレーの
ためにバトンの渡し方から最高の走り方まで、扇菜がコーチをつけて練習させてきたのだ。
肉体強化までしてきた。ドーピングはしていないが。
「そうよ……まだB組が1位じゃない。あいつらに勝つ要素なんて絶対ないわ。精々下で足掻きなさいよ。」
悪役同然の台詞を吐き鼻を鳴らして、いぶきの隣のパイプ椅子に踏ん反り返った。

それから少し過ぎた時、壱郎は靴紐をきつく結んでいた。
(元気だなぁ。あの3人)
本部でギャンスカギャンスカ喋る3人を眺めている。そろそろ自分の出番だ。ゆっくりとバトンゾーンへと足を
進める。
現在2−Aは何とか意地を見せて4位にいる。その間色々2−Aは反則すれすれの行動をしていた。
例えば
3年生を抜かす際にポソリと何か言う。その何かは壱郎には分からなかったが3年生は
その場に蹲り再起不能となっていた。その行動を繰り返し、3年生は全滅。
1年は論外で話にならない。
問題は2−Bだ。今更怖気つく気はないが、バックには桜ノ宮扇菜がいる。彼女の一言で今回
ルールが変わりこうしてやる気を振り絞ったわけだが、もし1位でゴールしても、反則よ、と言われたら
他のクラスが有利になる可能性もある。最も彼女は信念なのか後付で文句を言うのは嫌っているので、
よほどの例外がない限りありえないと思う。
「壱、受け取れ!」
後ろから声が聞こえる。壱郎は軽く走りバトンを受け取ると、グラウンドを駆け抜けた。
すると2−Aの応援が一気に壱郎に向けられる。
「負けるな壱ー!」

「武道館がお前を待っている!」

「トップなら皆で
ラブー・ラブーを熱唱しよう!
「負けたら1週間全員分の昼食奢れよ!」
「葉月を悲しませたらお前は男じゃない!」
「脱ヘタレだ壱ー!」
とにかく色々な応援が伝わってくる。壱郎は3位の2−Dの女子を抜かす。
『早いーっ壱郎選手!』
次は少し遠くにいる2−Cの男子へと駆ける。
「その調子だ壱ー!」
「ナイスナイスナイス!」
「ペース落としたら承知しないぞーっ!」
ああ、たまにはこんな青春もいいかも。と嬉しさに浸りたいがそんな暇はなさそうだ。
自分のペースが速まり、相手のペースは落ちる。相手の背中がどんどん近くになり――
『またまた抜かしたー!彼は
サ●ヤ人なのかーっ!?』
「多分ニュータ●プだよ。」
「私は
魔人●ウかフ●ーザー様のほうが――。」
3人組の全員がボケに移り、突っ込む人がとうとういなくなってしまった。この暑苦しい
空気は人の脳まで蕩けさせるつもりなのだろうか。
壱郎も特別運動ができるわけでもないので、そろそろ疲れてきた。さっきよよりもスピードが
下降気味。
「死ぬな壱!」
「スピード落としてるんじゃねぇーっ!」
「喝ーっ!(BYサ●デーモーニング)」
折角2位に登りつめたのにスピード落としただけで歓声が罵声へ変わるのかよ。
自分なりに100%の力を出しているのに――壱郎は心の中で文句を垂れ流す。
「壱!走れー!」
諦めようとしていた刹那、罵声の中からかすかだが聞きたかった声がようやく聞こえた。
あれは葉月の声。
2−Aのテントを見てみるといつのまにか彼女は一番前の真ん中で自分のほうを目で
追っていた。
「葉月……っ!」
一気に体が軽くなり、疲れも何処か彼方へ吹き飛んだ気がする。壱郎は2−Bの選手を
抜かそうとし、足をさっきよりもずっと速めた。
『ありえない速さです壱郎選手!2−Bの選手を抜かそうとしています!』
「馬鹿!抜かすなーっ!」
本部でドンドンと机を叩く。
「落ち着きなよ!」
「ううっ。い、いぶちゃんが言うなら……。」
と言うのは口だけで実際はまだ机を叩いている。
「でも後1人いるわ!そいつが抜かせばいい話よ。」
「扇菜ちゃん。それがね、その人今日腹痛起こしてこれないんだって。だから無理。代理の子は
50メートル最速タイム9秒台後半だったけど……。」
「え………?う、嘘よね?」
「嘘つくわけないよ。」
「あ……あ、あはははははは――がっくし。」
乾いた笑い声の後、扇菜1人うな垂れる。
壱郎はほぼ再起不能。初期化しないと無理状態の扇菜を横目で見ると2−Bの横へ
並んだ。

『な、並んで………ぬ――ぬ、抜いたー!?トップです2−A!うわ、ちょっと実況だから
公平にしないと思ってたけど正直ムカツクっ!』

悪いな。小声で謝るが実のところ悪いとなんて全く思っていない。2−Aは口々に
「愛の力だな。」
「愛の力ね。」
「愛の力ですね。」
「愛の力だと思う。」
「愛の力は偉大だな。」
「愛する男は無敵なんだよ。」
「愛を舐めていたわ……。」

と愛の力で成し遂げたと納得していた。
『壱郎選手!アンカーの海原選手にバトンを渡したー!』
壱郎は最大限の体力を使ったのか、2−Aのテントのほうへ向おうとした。
(おれ頑張ったよ……やべ、体力使いすぎた。あー、暫くは筋肉痛に悩まされそうだな……。)
「壱!?」
うつ伏せになりグラウンドに倒れる。壱郎は段々と意識を手放した。


「桜さ〜ん?本番前の余裕っぷりは何処へ行ったのかなぁー?」
「う、うるさいわねっ。」
後片付けが終わり、目が覚めると近くで智鶴と扇菜が憎まれ口をたたきあっていた。
「ルール変更あったらこそなのよっ。調子に乗らないでちょうだい。」
「でもあんたのルール変更があったらこそ、なんだよねー。あんたが言わなければ、ねぇ……。」
にやり、と大人びた笑みを浮かべる。
「それにまぁ、愛の力もあったし。」
「これ以上言うと背後から葉月さんに叩かれるよ。」
「ううっ。それはキツイなぁ……。でもー今回勝てたのは桜のおかげなんだよね。ありがと〜。」
「どーいたしましてっ!」
ふいっと彼女は智鶴から離れようとする。
「「あ……。」」
偶然彼女と壱郎の目があう。扇菜の顔は醜く歪み、こちらを睨みつけると
不愉快そうに地団駄を
踏んでいた。

「葉月さんに感謝してよね。」
一言、不快をいり交えた声を刃として向けて。

その後、2−Aは見事優先券を手に入れることができた。ただ、それは俺にはほぼ無関係に
等しいのだが、一部のクラスメイトは喜んでいた。
しかし、ここまでいい所を取ってしまうと誰かから憎まれそうな気がした。
「はぁ……やっぱりこの体育祭ネタ不採用だわ。」
びり、と俺の近くの席の知念さんはレポート用紙をビリビリに破りゴミ箱に捨てていた。
あれ…?知念さん!優先券まで一緒に破ってるってーっ!君使うんでしょそれ!?




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